2012/07/18
★この数年,大学の先生や現場の先生方,教材を開発していただいたエンジニアの方達と進めてきたプロジェクトが論文として形になった。
日本産業技術教育学会の学会誌,第54巻2号に掲載された「消費電力量を可視化するロボット競技用消費電力計測教材の開発と評価」だ。この消費電力量リミッターは,このブログでも既に紹介してきたものだ。
・原発事故,技術教育に今できること
・消費電力のイメージ
たしか3年前に東大で開かれた日本教育工学会で,プログラム学習のためのロボットカーの電力量を制御するアイディアを学会発表を聞いたことに刺激を受けて,手動制御のロボコンに持ち込めないかと教材の仕様を私が提案したのが,全ての始まりだった。工学的な素養は全くない私だが,チームでプロジェクトを進めていくとここまで大きな成果が出るのかと思い,そのチームの一員となれたことを誇りに思う。
福島第一原発の事故を受けて,世の中が自然エネルギーを見直しはじめた今,でもその技術を評価する指標を多くの人達がもっていないことに気付く。1kWhっていわれたって,どの程度のものだかわからない。電力量を計測して,機械や作業の効率や損失を実感をもって体得させたい。できる限り様々な操作や試行錯誤を通して体得させたい。自分で書くことではないかもしれないが,消費電力量リミッターとその実践は,これからのエネルギー変換の授業に一つの新しい方向性を示している。
★もう一つ,写真の手前の冊子は,今日いまさきほど開隆堂から届いた技術・家庭学習指導書指導事例編(技術分野)だ。こちらには,立体グリグリとグリロボの実践をここに書かせていただいた。「私たちの生活を支えるコンピュータを用いた設計と生産 ~『立体グリグリ』と『グリロボ』によるCAD/CAM実習~ 」だ。
これまでも様々な原稿を書き,ネット上のフリーソフトとして公開してきた『立体グリグリ』だが,これを簡易CADと位置付け,『立体グリグリ』で作成したデータで加工を行う簡易CAMが『グリロボ』だ。こちらも,このBLOGでも既に紹介している。
・グリロボで簡易CAD/CAM体験を実現
・3次元ディジタル作品の設計・制作
・立体グリグリV3.4リリース 作り手の立場から著作権を学ぶ
そして,『立体グリグリ』と『グリロボ』も何人もの大学の先生方と,多くの現場の先生方と生産現場のエンジニアの方を巻き込んだプロジェクトから生み出された教材だ。中学校現場にCAD/CAMを持ち込むという発想は国内ではあまり聞こえてこない。難しいと思われているのかもしれない。しかし,この実践を通して,多くの生徒達が私に教えてくれた。「現代社会では,自分達の生活を支える一番身近なものの多くが,CAD/CAMやCAMのような高度な技術によって支えられている。(開隆堂指導書指導事例編(技術分野)P161から引用)」
この気付きは,私にとってはとても大きなものだった。難しいから扱わないではない,重要だから扱うのだ。現代を支える基幹技術を技術科の授業で扱わなくてどうするというのだ。
2012/05/12
コードから開放されたプログラム言語【App Inventor】
App Inventor は,googleの実験的な取り組みの中で生まれたプログラム言語だ。こうしたグラフィカルなプログラムを書いて,アンドロイド端末上で動かすことができる。大学時代N88-BASICやQuick-BASIC使いだった(歳がばれますね。)私からすると,就職後にVisual-BASICやVBAにさえ四苦八苦していたことを思い,コードのないプログラム言語には驚かされるばかりだ。
開発に使うのはWebアプリ+編集用のJAVAプログラムのみ,同じくJAVAで動くエミュレーターを動かせば,アンドロイド端末がなくとも簡単にプログラムの動作をテストできる。自分はさきほどQRコードを生成して作成したこの超簡単なプログラムを自分の携帯電話(アンドロイド端末)にインストールしてみた。何の問題もなく,他のアプリと同じように動いてしまった。それなりの設定をすれば,これでアプリを公開もでき,Playストアで販売することすら可能だ。
これは誰でもプログラミングできる時代の幕開けかもしれない。
まだBETAであることや,最近になってgoogleからMITメディアラボに移管されたことなどもあって本格的に使うにはまだ問題も多いだろうが,アンドロイド端末で使うような個人的なプログラムはこれで十分だろう。アンドロイド端末がもっているGPSの機能や加速度センサーのの値を読み込ませ記録させることもできるだろうし,ロボットに搭載して写真をとらせることも可能だろう。レゴマインドストームのための専用のコンポーネントも多数用意されている。
★もっと知りたい方は,ぜひこちらを参照されたい。
2012/05/06
つくばスタイル【筑波実験植物園】
今日は初めて筑波実験植物園という施設に行ってきた。筑波大学の隣,天久保にあるこの植物園である。植物を見るために大人300円も払うという気になかなかなれなくて,近隣に住みながら行くのは初めてだった。
結論から書くと,素晴らしい。様々な植物がきちっと管理されて栽培されている。今日はGW最終日なのに,どこにも行列がない,すれ違う人もまばら,パラソル付きの弁当を食べるベンチまで用意されている。温室は6種類の気候にあわせて管理され様々な植物に出会える。しかも,解説が丁寧で子ども連れにはうれしい。オジギソウに触って驚き,様々なにおいの植物を楽しみ,熱帯から乾燥地帯まで,様々な植物を一気に見ることができる。屋外には,まるで軽井沢や日光にでもあるような落葉樹の森が拡がり,歩道が整備され森林浴が楽しめる。敷地が14ヘクタールあるというから当然なのかもしれないが,この規模でこれだけ管理が行き届きしかも,商業施設としてではなくて教育施設として運営されているのがいい。最初は植物園なんて・・・といっていた幼稚園児達も半日植物園を満喫し,帰る時には笑顔だ。わずか3つのスタンプラリーも適切な設定でよく考えられている。担当者の工夫を感じさせられた。
水辺に咲く花を,マクロレンズで撮影している同年代のお父さんを見て,自分も毎月のように来て四季を撮ってみたいと強く思った(営業目的の撮影は禁止されている)。相変わらずまともなカメラを持ち歩いていない自分は,今日もスマホのカメラで写真をとってしまっている。確か自分は写真研究部出身なんだよな・・・と思い。次は大きく引き伸ばせる機材をもってぜひ訪れたい。
筑波実験植物園は,上野にある国立科学博物館の別館である。そして,最近上野の科学博物館に展示されていた動物標本の多くが,運びこまれたらしい。実際免震構造の8階建ての真新しい建物が既に立てられ,入り口からはいくつかの標本や化石が見えた。早くオープンしてほしい。上野までいかなければ見ることもできなかった展示物が,ここでまもなく公開されようとしている。
2012/04/29
フィルムカメラさようなら
我が家には,就職した頃,今から18年前から防湿庫がある。もう10年以上使われることなく保管されてきたフィルムカメラとレンズを,今日久しぶりに外に出してみた。そんな立派な機材ではないのだけれど,大学時代に写真研究部に属し,それなりに撮影していた頃に買った中判カメラのブロニカSQ-Aと標準レンズ(PS80mm),画質のよいスナップを撮りたくて手に入れたコンタックスT2の2台は私の大学生時代の愛機だった。
中判のブロニカSQ-Aには,露出計がついていない。といってもなんのことか分からない人が多いと思う。このカメラは,絞りとシャータースピードを手で合わせてシャッターを切るカメラだ。シャッターを押しただけでは,全くまともな写真は撮れない。画面サイズも6×6というスクエアー縦位置,横位置がない,しかもファインダーには被写体が左右逆さまに写る。それをルーペで見ながらピントをあわせ,被写体の近くに置いた露出計で露出を測り,フィルムに当てる光の量を計算しシャッタースピードと,絞りを決める。絞りによって被写界深度が変わることまで頭で計算した上で,バシャッとシャッターを切る。120のロールフィルム1本で撮影可能なのは,わずか12枚。その限られた枚数の中で徹底してこだわって撮影する。普通は重たい三脚を使うのが一般的で,手持ちで撮影することは厳しいカメラだが,自分はよく撮影旅行にもち歩いた。
フィルムカメラというものは,今では信じられないかもしれないが,現像して写真としてプリントしてみるまでどんな写真がとれたか分からない。撮った瞬間の感覚を信じて,フィルムをダークバックの中で両溝式の現像タンクに移し替え,温度管理された現像液を入れ,一定時間おきに攪拌(かくはん)し,決められた時間で液を抜き,素早く酢酸液で中和する。次に定着液で画像を定着させ,界面活性剤をつけた上でフィルムを部屋につるして乾燥させた後,自分で5コマづつ切ってネガケースに入れていく。
しかし,この時点では,まだネガ(白黒反転状態)だから,今ひとつどんな写真になるのかわからない。写真研時代は,コストが安かった白黒写真を撮ることが多かった。暗室の赤い光の中で印画紙の上にネガを置いて,上からガラスで押しつけ,引き伸ばし機の光を所定の時間照射して白黒反転させたコンタクトプリントをまず作った。
そのコンタクトプリントを見ながら,引き延ばすコマを決め,ルーペでピントや露出の具合を確かめた上で,印画紙に写真を焼き付ける作業にようやく入る。引き伸ばし機に引き伸ばすコマのネガをセットし,本番用の印画紙の代わりに同じ厚さの紙を置き,その上でルーペを見ながら引き伸ばし機のピントをあわせる。カメラのレンズと同様に,引き伸ばし機のレンズの性能も重要だ。暗室はどうしても現像液などがあって湿度が高い,乾燥剤とともに湿気を遮断するケースに入れて引き伸ばし機のレンズを管理することは写真研にとって大切なことだった。引き伸ばす大きさによって,当然光の強さが変わってくる。引き伸ばし機のレンズにも絞りがついていて,どのような味のプリントにするかを考えて値を選択する。何秒光を当てるのかについては,タイマーをセットしてその時間で自動的に切れるものを使っていた。
まだまだ終わらない,光を当てた印画紙を,現像液が入って温度管理がされたバットに素早く写し,写真の隅を竹のへらでつかみながらたまに動かし均一に現像が進行するようにし,所定の時間で素早くひきあげ,酢酸液の入ったバットにうつし中和して反応を止める。最後に定着液に放り込み長いことかけて像を定着させた後,水洗機に移し1時間程度流水にあて薬剤を流し落とす。
露出を決め,シャッターを切ってから暗室で画像が浮かび上がるまで,写真の像を見ることはできない。しかも,暗室を出てからピンぼけに気付いたり,露出オーバーやアンダーの写真に仕上がっていることもある。それでも,一連の流れを体で覚えていくと,一つ一つの作業を踏まえた上で撮影するということが可能になってくる。今なら,撮ったその場で液晶で確認することが,あの時代には全くできなかった。しかし,だからこそ作画には集中できていたように思う。今の時代は何でも便利に自動でできてしまうから,一つ一つの要素が写真にどう影響してくるかを考える必要がなくなってしまっている。
今でも,フィルム写真を使う写真愛好家は多い。デジカメには不確定要素が少なすぎるのかもしれない。デジタル処理できなかったあの時代,様々な不確定要素が作品を生み出す中に介在していた。それが,私の大学時代の写真のおもしろさだったように思う。
その後,就職してすぐEOS5(EOS5はフィルムカメラです。5Dではありません。)と何本かのレンズを買った。お金もなかったから,EOS5は中古,レンズも安物ばかり,安物のレンズの写りは期待したほどよくなく,高倍率ズームレンズの周辺部の収差がひどかった。シャープさも大学時代に単焦点ばかり使っていた自分には,許せないレベルのものばかり。そして仕事に追われて写真現像をする余裕もなくなり,カラーフィルムで撮影すると,必要以上に高額な現像代&プリント代が財布を直撃。いつしか写真を撮らない毎日が続くようになり,私のフィルムカメラ達は,防湿庫で10年以上格納されたままになっていた。
現在のマイカメラはこのデジカメだ。長男が生まれる時に撮影用にと奥さんを無理矢理説得して買ったEOS30DとEF24-105mmF4.0L。今時のEOSはもっといいのだろうけど,ボディーはそこそこ,でもレンズは性能のよいものをという選択は正解だった。大きくて重たいけど高倍率ズームながらレンズの収差が徹底的に押さえ込まれ,シャープな写真の仕上がりは全く別物。写真研究部で培った感覚が今でもこのカメラを使うとよみがえる。かつて単焦点レンズで撮影してきた経験が被写体までの距離でズームするのではなくて,最適な画角で撮影する撮影位置を自分に教えてくれる。露出計を使うことも今ではほとんどなくなってしまいカメラの評価測光に頼ることが多くなったが,いざという時,必要に応じてマニュアルを使いこなせるのが,フィルムカメラで鍛えられた私の財産だ。
フィルムカメラは全て明日売り払う予定だ。私の手元を離れてふさわしい人の手にわたってほしい。これからは作画にこだわれるデジカメ撮影環境を整備して,このブログにもそこそこの写真を掲載できるようにしたい。
2012/04/25
3次元ディジタル作品の設計・制作
今回の「3次元ディジタル作品の設計・制作」は,これまでの2冊とは発想がだいぶ異なる。
先の2冊が,今回平成24年度から完全実施されるD情報に関する技術の内容を10年以上前から先取りして追求してきたものであるのに対して。今回のこのテキストは,コンピュータ学習から技術教育の核心を突くことを目指している。
技教研は,発足当時から製図学習を重視しており,長年製図テキストを中心に製図教育の実践を続けてきた。その根幹には,空間的に考える力を身に付けた生徒に設計の醍醐味を実感させ,その上に製作の授業を行うことが,技術教育の基本的なスタイルであるとの信念がある。
製図学習は,もうだいぶ前に製図領域の消滅とともに加工学習と一体化されてしまい,時間数の削減にともなって現場の技術科教師には,製図は最小限でよいといった認識が生まれてしまっている。しかし,最近文科省が「言語活動の充実」と唱えるようになって,製図学習で育まれる空間的に考える力,図に表す力が,技術教育で生徒が空間的に考え,アイディアを表現するために欠かせない能力であることは説明しやすくなった。
自分は,ロボコンのJr特許実践で図を駆使してアイディアを説明させる中で「アイディアの連鎖」に気付き,材料と加工の学習の中で,先輩の作品からアイディアをみつけ図で表し,自分なりの設計をえがき製作する「知的財産の学習サイクル」を用いた授業を実践してきた。現実の技術科の授業で,特にコンピュータを用いた学習の中で生徒に空間的に考える力を身に付けさせ,アイディアを実現させる技術教育を実現させることは,茨城に技術科教師としてに赴任して以来の課題である。
- P3 はじめに
- P4 立体をグリグリ動かそう
- P6 等角図から立体を考えよう
- P7 第三角法から立体を考えよう
- P8 ★深めよう! 設計はコンピュータで【CAD】
- P10 オリジナル立体の構想を立てよう
- P11 オリジナル立体を制作しよう
- P12 作り手の立場から著作権を考えよう
- P14 ★深めよう! 社会を発展させる【知的財産】
- P16 立体グリグリのデータでグリロボを動かそう
- P18 ★深めよう! グリロボのモーター【ステッピングモーター】
- P20 グリロボの型に金属を流し込んで鋳造しよう
- P22 生産技術の世界
- P24 グリロボで協同製作しよう
- P25 CAD/CAM新聞を制作しよう
- P27 おわりに
簡易3次元CADである「立体グリグリ」は,まだ3次元CADが一般的ではなかった1996年に自分がDOS版のフリーソフトとして発表したのが始まりだ。最新のWindows7でも快適に動くソフトとして今でもバージョンUPを繰り返している。
生徒が空間的に考え発想した立体を,オリジナル立体として作り上げさせる実践を,もう15年以上続けてきたことになる。その生徒たちのアイディアの積み上げが立体グリグリを大きく成長させた。テキスト表紙の立体は全て生徒が授業中に3~4時間程度でえがきあげたオリジナル立体だ。今回これに,この数年開発が進められてきた簡易NC加工機「グリロボ」を用いた実践を加えて,CAD/CAM実習のテキストとした。
ディジタル作品の設計・制作というと,Webページの作成や動画編集などが扱われることが多い,しかし,それらは技術教育の核心をつく実践といえるだろうか。技術科の授業,技術教育は何を学ぶ教科であったのかを,コンピュータ学習の視点からあえて問いたい。
教育現場にいると,現実の技術の世界は見えにくいものだが,紙の図面がなくなり,3次元で立体を動かしながら設計をすることが当たり前になっていることに,現場の先生方にぜひ気付いてもらいたい。私たちは,現実社会と無関係な授業をしているわけではない。
2012/04/01
HONDAにしか作れない車,これからの時代の車の楽しさ
車の車検が近づき,毎日のドタバタをこなしながら,週末に家族でディーラーを見て回り,悩んだあげくに車を買い換える選択をした。これまで乗っていたレガシーツーリングワゴン2.0Rは,ハイオク仕様,長距離を走っても10km/L程度しか走らず,この冬の燃費は7km/L。このCR-Zは今日50kmほど走ってみて,20km/L走った。
思えば,ショーモデルとしてこの車がモーターショーに出ていた頃から今日の納車は自分の中では決まっていたのかもしれない。走らせてわかること,それは,かつて乗り回していた,スカイライン2500GTS(R32),BMW318ti(E36),そしてさきほどまで乗っていたレガシーツーリングワゴン2.0R(BP)のどれよりも安定して走り,ハンドリングに優れている。技術の進歩はすさまじい。
リッター20km/Lを走る車に大学時代に乗っていたことがある。その初代CITY E1(AA型)は我慢の車だった。エアコンがついていなかった。タイヤは扁平率82%,コーナーでのロールが激しく,ボディ自体がまるでサスペンションのようにしなっているのが乗っているとはっきりわかった。あの車は今の軽自動車よりもはるかに危ない車だったに違いない。エンジンはCVCCのCOMBAX,低速トルクに乏しく,クラッチ板はすぐにすり減ってしまった。30年前の省エネ自動車はいろんな我慢をしてようやく10モードで21km/Lを達成していたのだ。
CR-Zは我慢していない。10・15モードで25km/Lを達成しながら,ハイブリッドによるモーターアシストで,低中速トルクがビックリするほど太い。減速をしたりブレーキを踏んだりした時,電力が回生されてバッテリーに充電される。今では当たり前のハイブリッドシステムが,運転者が省エネ運転を意識していなくても,省エネ運転を自動的に実現してしまう。
トヨタのハイブリッドの方が燃費性能はすごいのだけど,マツダのスカイアクティブの方が燃費もいいのだけど,自分は走行中にエンジンを切らないHONDAのIMA方式と,車の作り方の哲学が大好きだ。こんなハイブリッドはおそらくHONDAにしか作れない。作らないに違いない。燃費だけを気にしている車ばかりの今,これからの時代の車の楽しさをこの車は教えてくれている。
納車されたのはダークピューターメタリックのCR-Z,この色なかなか見かけない。白が圧倒的に多く,次いでシルバーといった具合だ。しかし深い色合いのボディには,写真のように周囲の景色が映り込み,グラマラスなボディがはっきりとわかる。洗車は何倍も大変そうだけれども,白などの拡張色にはない造形の魅力がある。これは私のこだわりだ。
うちにはもう1台フリードという車がある。気付いてみたらこれもHONDA車,よくできた超コンパクトミニバンで,家族で出かけるために最高に便利に作られている。2台とも1500cc,対局にありながら,車の作り方の哲学はとても似ている。他の会社にできないことをやり続けるHONDAに頑張ってほしい。
2012/02/01
本田宗一郎とスティーブ・ジョブズ
久しぶりに,録画してあったプロジェクトXを見た。CVCCと呼ばれる当時画期的な低公害エンジンを開発したことで,HONDAは世界ではじめてマスキー法(排ガス中のCO,HC,排出量を1/10以下にすることを求めた大気浄化法)をこのCVCCでクリアした。今までも何度か見ていたはずだったが,今までとは違った見方をしていたことに気づいた。
最近このBLOGでは,スティーブ・ジョブズの話題を取り上げてきたし伝記も読破した。ジョブズが経営者でありながら開発の先頭に立ちたがったこと,本田宗一郎が経営そっちのけで社長でありながら二輪者の時代から四輪車の開発までその現場に立っていたことが重なる。彼らに共通するのは製品を作り上げる執念だ。HONDAという企業には本田宗一郎のDNAが生きている。社会のためのものづくりという理念が,CVCCを生みだし世の中を動かした。CVCCは本田宗一郎の下に集まったエンジニア達が本田宗一郎と対立してまでも推し進めたプロジェクトだ。
本田宗一郎は「アメリカのビック3に対抗する千載一遇のチャンスだ」と社内で語ったが,若手から「自分達は会社のためではなく,社会のために役立つものをつくっている。」と反発されてしまう。彼はこの言葉で引退を決意した。
Appleは成熟しきれていない企業なのかもしれない。ジョブズの早すぎた死は,この会社にジョブズの後を継ぐ人材が育まれるチャンスを十分に与えなかったかもしれない。Appleの数年後の製品がその答えを教えてくれるだろう。
子どもの頃,HONDAの車がほしくてたまらなかった。トヨタや日産ではないHONDAでなければならなかった。その魅力は,技術の楽しさの魅力であったように思う。将来は本田宗一郎の下で車を開発したいなんて夢を見ていた。今私はiPad2に夢中だ。さすがにAppleで働けるとは思えないけれども,この端末に未来を感じる。
私は,工学部受験に挫折し,偶然技術教育にかかわることになった。しかし,子ども達と技術を語り合う時間には何者にも代えがたいおもしろさがある。ものづくりを通して次世代とかかわること,技術という言葉で未来の社会を語り合うことが,未来のこの国のために役立つと今確信できる。
最近このBLOGでは,スティーブ・ジョブズの話題を取り上げてきたし伝記も読破した。ジョブズが経営者でありながら開発の先頭に立ちたがったこと,本田宗一郎が経営そっちのけで社長でありながら二輪者の時代から四輪車の開発までその現場に立っていたことが重なる。彼らに共通するのは製品を作り上げる執念だ。HONDAという企業には本田宗一郎のDNAが生きている。社会のためのものづくりという理念が,CVCCを生みだし世の中を動かした。CVCCは本田宗一郎の下に集まったエンジニア達が本田宗一郎と対立してまでも推し進めたプロジェクトだ。
本田宗一郎は「アメリカのビック3に対抗する千載一遇のチャンスだ」と社内で語ったが,若手から「自分達は会社のためではなく,社会のために役立つものをつくっている。」と反発されてしまう。彼はこの言葉で引退を決意した。
Appleは成熟しきれていない企業なのかもしれない。ジョブズの早すぎた死は,この会社にジョブズの後を継ぐ人材が育まれるチャンスを十分に与えなかったかもしれない。Appleの数年後の製品がその答えを教えてくれるだろう。
子どもの頃,HONDAの車がほしくてたまらなかった。トヨタや日産ではないHONDAでなければならなかった。その魅力は,技術の楽しさの魅力であったように思う。将来は本田宗一郎の下で車を開発したいなんて夢を見ていた。今私はiPad2に夢中だ。さすがにAppleで働けるとは思えないけれども,この端末に未来を感じる。
私は,工学部受験に挫折し,偶然技術教育にかかわることになった。しかし,子ども達と技術を語り合う時間には何者にも代えがたいおもしろさがある。ものづくりを通して次世代とかかわること,技術という言葉で未来の社会を語り合うことが,未来のこの国のために役立つと今確信できる。
2012/01/07
Summertime Blues に込められた忌野清志郎の思い
世代が違うと,RCサクセション,忌野清志郎とかいっても通じないのかもしれない。自分が大学1年生の時,世間を騒がせた曲だった。RCサクセションのカバーズ解説(ウィキペディア)
「暑い夏がそこまで来てる,みんなが海へくり出していく,
人気のない所で泳いだら・・・原子力発電所が建っていた」
「熱い炎が先っちょまで出てる,東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく・・・原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ,誰のため? 」
「それでもテレビは言っている。日本の原発は安全です。
さっぱりわかんねえ,根拠がねえ」
彼が,CDを売ることを第一に考えていたシンガーだったならば,決してこんな曲はつくっていない。ロックという生き方は,こういうことをいうのだと,今日自分はようやく納得できた。
この正月元旦1月1日の震度4の地震で福島第一原発4号機の燃料プールの水位が下がった事実があるのに,日本の報道機関は大きく取り上げない,多くの人が知らない。セシウムの値が福島周辺で一時高くなったらしいなど,ツイッターを飛び交うどこまで本当だかわからない噂の渦の中に,真実も隠れているように思えてくる。
4号機燃料プールには1300本を越える燃料棒があり,建物が傾き崩壊の危険が指摘されている。海外メディアが取り上げる福島第一原発関連の報道は,現実を忘れかけている私達に警告を発している。
読売のこんな記事をみつけてしまった。福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描
3月11日は,私達日本人にとって特別な日であったことを忘れてはいけない。それ以前の虚構の日本の繁栄に戻れはしない。たくさんの余計な情報に埋もれて,本当に必要な情報にアクセスできないこの国の人達。自分で判断せず,人の判断に頼る日本人の悪い癖が,判断を鈍らせていないだろうか。判断を先送りし続けたことが,わずか67年前のこの国に破滅をもたらしたことをもう一度深く心に刻みこむべきだ。
一人一人の行動が,一人一人の考えが,この国を動かしていく。そのことを忘れてはいけない。
「暑い夏がそこまで来てる,みんなが海へくり出していく,
人気のない所で泳いだら・・・原子力発電所が建っていた」
「熱い炎が先っちょまで出てる,東海地震もそこまで来てる
だけどもまだまだ増えていく・・・原子力発電所が建っていく
さっぱりわかんねえ,誰のため? 」
「それでもテレビは言っている。日本の原発は安全です。
さっぱりわかんねえ,根拠がねえ」
彼が,CDを売ることを第一に考えていたシンガーだったならば,決してこんな曲はつくっていない。ロックという生き方は,こういうことをいうのだと,今日自分はようやく納得できた。
この正月元旦1月1日の震度4の地震で福島第一原発4号機の燃料プールの水位が下がった事実があるのに,日本の報道機関は大きく取り上げない,多くの人が知らない。セシウムの値が福島周辺で一時高くなったらしいなど,ツイッターを飛び交うどこまで本当だかわからない噂の渦の中に,真実も隠れているように思えてくる。
4号機燃料プールには1300本を越える燃料棒があり,建物が傾き崩壊の危険が指摘されている。海外メディアが取り上げる福島第一原発関連の報道は,現実を忘れかけている私達に警告を発している。
読売のこんな記事をみつけてしまった。福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描
3月11日は,私達日本人にとって特別な日であったことを忘れてはいけない。それ以前の虚構の日本の繁栄に戻れはしない。たくさんの余計な情報に埋もれて,本当に必要な情報にアクセスできないこの国の人達。自分で判断せず,人の判断に頼る日本人の悪い癖が,判断を鈍らせていないだろうか。判断を先送りし続けたことが,わずか67年前のこの国に破滅をもたらしたことをもう一度深く心に刻みこむべきだ。
一人一人の行動が,一人一人の考えが,この国を動かしていく。そのことを忘れてはいけない。
2011/12/30
私の棲む街つくば
住むというより,私が棲む街つくばは,ほとんど全てがこの40年ほどの間に造られた街です。つくば駅ができたのもつい最近わずか6年前のことです。だから,こんな田舎なのにつくば駅は地下駅,まるで都内の地下鉄のように階段を下りてはじめて駅だとわかります。上の写真はそんなつくば駅の真上に昨年,新たにつくられたバスターミナルの昨晩の様子です。
18時頃に撮影したのですが,本当に閑散としています。なぜって,つくばは研究機関が多く,研究職の方が県外から移住して来られることが多いからでしょう。年末のこの時期帰省のために人口が一気に減ります。東京と同じですね。
特徴的なのは中央に見えるH-Ⅱロケット,まさかここから打ち上げするわけではなくて,つくばエキスポセンターという科学教育施設に立てられている実物大模型です。当然本物と同じ大きさなので,かなり大きいものです。ライトアップまでされていて,初めて見る人は,ちょっとビックリするでしょうね。ロケットが目印の街というのも,他にはないでしょう。
自分は本当は,隣の土浦の生まれです。でも土浦のはずれなので,数百メートル歩けばつくば市でした。私の子どもの頃は,つくばの街は,まだまだ未完成で,至る所が工事中だったのを思い出します。都市計画をもとに造られた街なので,最初に4車線の道路が何本もつくられ,至る所に公園が整備されました。そしてその公園を結ぶように遊歩道が整備され,特に中心地区は歩道と車道が橋できちんとわけられています。
写真は,そんな遊歩道の中程にある筑波センター周辺のLED電飾で飾られた街路樹です。後ろに見えるビルには電飾が,まるで雪がふるようにひかえめについたり消えたりしています。このビル,ライトオンという関東圏ではそこそこ有名なアパレル企業の本社です。店舗も併設されていて,年賀状を出すついでに今日はそこで買い物をしてきました。
自分が,育った頃の土浦には,西友やイトウヨーカドウ,丸井,京成など様々なお店がありました。買い物といえば土浦にバスで行くのが当たり前の時代でした。お店の名前や企業の名前が大きく入ったネオンサインの点滅が今でも強く目に焼き付いています。あの感じが自分の昭和のイメージです。
ライトオン本店の雪のような電飾には,企業名さえ入っていません。入り口にいけばライトオンとわかりますけど,夜には遠くからでは何の建物かさえわからないでしょう。それでもあえて過剰な広告を出さないこのスタイルが,今の時代を象徴しているように思います。
2011/12/24
先人が遺してくれたものが使えることに感謝を表したい
昨晩録画しておいたNHKスペシャル「世界を変えた男 スティーブジョブズ」を見た。彼の死後すぐに伝記が出版されている。書店に並んでいるからその存在を知っておられる方は多いだろう。私も知ってはいたのだが,買う気にはならなかった。日本では電子版でも書籍で購入するのと同じ値段(アメリカでは半額らしい)であったこともあって,Ⅰ巻とⅡ巻あわせて約4千円を自分のiPadにダウンロードするのに躊躇していたからだ。
NHKスペシャルでは,ジョブズに関わった人達から彼の姿が語られていた。私が購入を躊躇してきた彼の伝記が元になった番組だった。そして番組の最後は,ジョブズ自身の次の言葉でしめくくられていた。
スティーブ・ジョブズⅡ 第41章 受け継がれていくモノ pp314-315 より引用なにが僕を駆り立ているのか。クリエイティブな人というのは、先人が遺してくれたものが使えることに感謝を表したいと思っているはずだ。僕が使っている言葉も数学も、僕は発明してない。自分の食べ物はごくわずかしか作っていないし、自分の服なんて作ったことさえない。
僕がいろいろできるのは、同じ人類のメンバーがいろいろしてくれているからであり、すべて、先人の肩に乗せてもらっているからなんだ。そして、僕らの大半は、人類全体になにかをお返ししたい、人類全体の流れに何かを加えたいと思っているんだ。
引用としては,この程度が限界だろうか,後はぜひ購入して読んでほしい。私も番組が終わった直後にダウンロード,最初と最後を読んで,今真ん中を読み進めている。私はこの言葉が番組のしめくくりに映し出した瞬間に,涙が出るほどうれしかった。本当に涙が出てきた。なぜって,それはITの時代最もクリエイティブで輝いていた彼が,先人が遺してくれたものが使えることに感謝を表したい・・・と語っているから,彼の伝記がこの言葉でしめくくられていることの意味の大きさを感じたからだ。IT業界を引っ張り,時代をリードしてきたジョブズの言葉であることの重みは大きい。
技術は人類の文化だと思う。この4~5年子ども達といっしょになって授業で学びを共有し,先輩達の学びを後輩達に継承していく取り組みを続けてきた私は,実践を進めれば進めるほどこの感覚が人類共通の感覚であるべきだと思いを深めている。今日また,ジョブズの言葉に触れてその確信を深めた。
先日著作権の授業をした。「○○をコピーしてはいけません」とか,「○○をコピーして友達にあげることは法律で禁止されています。」なんていう程度の知識はすぐにはげ落ちてしまうしその人の将来を変えることにはつながらない。しかし,何かを参考にして自分なりの工夫を加えて作品をつくり出す経験を3年間にわたって積みかねた時,子ども達の反応は全く違ってくる。 守らなくてはならないとは知っていたけど,自分にとって著作権は面倒なだけと思っていた生徒が,著作権があることで,さらに優れた作品を生み出すことができることを知って考えが変わったと書いている。詳しい分析はこの冬休みに行うつもりだが,先日評価出しをしながら,これまでの授業の感想(まとめ)とは全く違うレベルの反応が書かれていた。
自分は技術を支える社会の一員なんだと,実感をもって理解させられる技術教育を目指したい。
登録:
投稿 (Atom)







