2011/11/03

ロボコン県大会最後の一日

ロボコン茨城県大会が終わった。ロボコンをはじめて10年目になるが,今日は最後の一日だったのだと今ふりかえっている。

「先輩を越えたい!自分にもできるはずだ!」

ロボコンではある意味で,生徒たちにその時点の自分達の能力以上のことができるような感覚をもたせることが私の一番の仕事といってもいいすぎではない。

乗り越えたいと思った時,先輩が何を学んできたかを彼らは必死に学ぼうとする。その試行錯誤の中で,いつしか先輩を超える瞬間がやってくる。それも先輩と全く同じ方法でというより,先輩が気づかなかった方法であったり,先輩が試していなかった方法であることが多い。

5教科の勉強をしていても,先輩を乗り越えたという実感をもつことは難しい。点数では比較できるかもしれないが,先輩の学びの成果が自分の学びに生かされているという感覚がないからだ。ロボコンを学んで卒業していった生徒たちには,自分の学びが後輩の学びに生かされているという実感がある。それが私の学校のロボコンの学びだ。


先輩の学びは,私という指導者を介して後輩達に伝えられることもある。私には教えているという意識はなくて,年度を越えて生徒たちの学びをつないでいるという感覚がある。詭弁だと感じる人もいるかもしれないが,指導者としての意識はロボコンを実践するようになってから,劇的に変わってしまった。

県大会でロボコン大賞をとるために生徒達を指導しようという意識では,生徒たちの間にロボコン技術文化を育ませることはできない。無理に指導しても,生徒たちがついてくるはずもない。

生徒一人一人が「先輩を越えたい!自分にもできるはずだ!」と感じてくれた時,一人の指導者の頑張りだけでは達成できない生徒の学びが実現する。ロボコンは私に,技術教育は指導者だけで作り上げるものではないことを教えてくれた。

今日の県大会では,私の学校からは8チーム全てが出場して,8チーム全てが予選リーグを勝ち上がった。最後に1チームが残った。「ろぼ音頭fin」彼らは,ロボコン大賞を受賞した。私の学校では選択教科は来年からなくなってしまう。今年は選択ロボコン最後の年だ。

谷田部東中の選択ロボコンで学んだ卒業生達に胸をはっていいたい。

今年も後輩達は先輩を超えたよと

みんな,ありがとう。

2011/10/08

Think different.

 マックの宣伝に使われていたキャッチコピーだ。だが,ただのコピーではない。Appleという会社,その会社を率いてきたスティーブ・ジョブズの思想がそこには込められている。

この国の人々は,人と同じ考えをする人を好む。最近,今を第二次世界大戦前と重ねて考える番組がNHKスペシャルなどでよく放映されているが,都市という都市を空襲され,原爆を2発も落とされ,どうにも立ちゆかなくなるまでこの国の戦争は続いた。戦後は驚異的な復興を果たし,工業国としての世界的な評価を確立できたのも,人と同じ考えをする人を好むことと無関係とは思えない。
今,この国は膨大な借金を抱え,多くの人々が自分の進むべき道をみつけられずにいる。みなが同じ考え方をすれば,一つの道が行き詰まった時に必ず破綻がやってくるのは当然なのかもしれない。このまま同じ考え方を続けたなら,いつか来た道を繰り返してしまうことになる。


私は,みなと同じ考えをすることが基本的に嫌いだ。なにかをする時には,必ず逆,あるいは違う方法を考えてみる。何かを指示された時には,その指示の背後に何があるのかをまず考える。会話をする時も相手の考えた内容を,さらに進めて考えてみる。あるいは,その逆の極端な例を考える。そんなことを毎日やっていることに,最近気づいた。
技術教育での典型は,ロボコンの授業だろう。誰かがやった定評のある方法を試すだけでは,本当の面白みを味わうことはできない。他の分野のアイディアをヒントに,誰もが考えもしなかった方法で機構を実現した時の充実感,それを他のチームが採用してくれた時のうれしさは,言葉には表しきれない。ジョブズは,これを世界規模で達成した人なのではないだろうか。

技術を発展させたり,人類の歴史を進めることができるのは,人と違う考え方が出来る人だ。

ジョブズはパソコンを発明した人といっていいだろう。専門家のものだったコンピュータを個人が使えるものとして製品化したのは彼だ。マウスオペレーションのOSも彼が実現したといっていい。そして,今,iPhoneやiPadはタッチスクリーンだ。既存の技術を時代にあわせ,最適な条件で組み合わせコンピュータに形を与えてきたのが彼の仕事だった。

ジョブズなきあと,誰がその後を担うのか,直接的には誰かなのかもしれないが,影響を受けた誰もが彼の精神を継承していると私は思う。

Think different.

2011/09/11

立体グリグリV3.4リリース 著作権者の立場から著作権を学ぶ

立体グリグリVersion3.4をリリースした。開発自体は1年前に完了いていたのだが,うちの学校での実践での検証と,数多くの立体データを収録しての配布だ。
http://www.gijyutu.com/g-soft/guriguri/

今回のバージョンUPの肝は,左の画面写真の右下のところに表示される。著作権情報という欄だ。立体グリグリで作成した立体に著作権情報を掲載することができるようになった。

授業では,3時間かけて作成したオリジナル立体にその立体的な図面の著作権情報を記入させる。そんなのたいしたことないだろうと思うかもしれないが,そこが新しいところだ。これまで著作権の学習というと,著作権を守りましょうといった著作権保護の学習が中心に据えられてきていた。しかし,著作権などの知的財産権は,本来守るためや守らせるためにあるものではない。著作権も著者の死後一定の期間をすぎると誰もが自由に使うことができるパブリックドメインになる。著作権を守るのは,著作権者の立場にある人が報酬を得られるようにすることで,文化や文明をより豊かなものにしていくことにある。

例えば,レオナルドダビンチの設計した様々な図面には著作権はもうない,パブリックドメインとして誰もが参考にすることができる。実際,彼の設計にインスパイアーされた技術者は多いだろう。産業革命の時代イギリスでは,ワットの蒸気機関などたくさんの技術者の手によって様々なアイディアが特許として出願され,一定期間の間独占的に利用できることとひきかえに,全ての人に公開され,一定期間後には,全ての人が自由に使うことができるパブリックドメインとなった。著作権と特許権の違いもあるが,それ以前に,こうした仕組みが,技術や文化を発展させるための仕掛けであることを伝えたい。

授業では,まず先輩の作品を参考にさせる。その先輩の作品が立体グリグリVersion3.4には収録されている。それらを見せた上で,自分で著作権情報を入力する際には,○○先輩の作品を参考にしたと明確に記述させる。何も参考にしていないは許されない。参考にされるものは先輩の作品ばかりではない,金閣寺や銀閣寺の立体を作り上げた生徒たちは,いずれもその建築の構造やバランスに驚き,著作権情報にその記載をしていた。

著作権者の立場になって,著作権者でさえ何かを参考にしなければ,何も生み出せないことを実感を込めて理解させたい。立体グリグリVersion3.4ならそれが可能だ。

2011/09/05

原発事故,技術教育に今できること

今,テストを採点しながら,東大の児玉龍彦氏(放射線医学の専門家)のインタビューをUstreamで見てた。夏休みはじめにツイッターで児玉氏の国会での発言を知り,youtubeで見た時にはその怒りに圧倒されて,これが今の現実なんだと理解した。
http://www.youtube.com/watch?v=O9sTLQSZfwo

そんな児玉氏がUstreamのインタビューでは笑顔で話されている。
http://www.ustream.tv/recorded/16442790/highlight/192344#utm_campaign=fhighlights&utm_source=6&utm_medium=technology

しかし,内容はシビアだ。放射能がまき散らされてしまったこと,これまでの常識を越えて広範囲に,法律の想定を越えていること。線量の高い地域に住むかどうするかは,被災者が決めるべき問題であること(患者が治療法を選択するという例えはわかりやすかった。)。
自分も震災の直後に同じようなことを,このBLOGに書いたが,自分にできることを精一杯やることが,この原発事故の問題を解決することにつながると信じるしかない。

技術科の授業ではエネルギー変換が来年度から選択から完全に必修となる。何を作るかばかり考えるよりも,今目の前の技術の問題,社会的課題に正面から向き合わなければならないはず。教科書に書かれていないとかそんな問題ではない現実が今目の前に広がっている。3月11日から半年がすぎようとしている今,世の中はあの時のことを忘れようとしてはいないだろうか。今この瞬間にも7万人を越える人達が避難している。校庭で遊べない子ども達がいる。この事実から私達は何を学ぶべきなのか。

茨城では,原子力ハンドブックなるものが,各学校に配布され,原子力教育が推進されてきた。書かれているのは科学的には正しい内容だ。事故に対してこれまでどう対応してきたかも正確に要約して書かれている。しかし,自分にはその先に「だから原子力発電は大丈夫なんですよ。必要なんですよ。」という編者の意図が見えてしまう。自分の考えを生徒に押しつけることはしないが,事実を生徒の前に示して,判断をさせるのが本来の姿のはずだ。

どんなやり方ができるのか,原子力ハンドブックが全てではないはず,技術科教師で知恵を持ち寄って生徒に何を伝え,どう判断させていくのか,しっかりとした授業を組み上げたい。技術教育に関わるものにとって,それが自分達にできる精一杯頑張れることなのではないか。

偶然にも昨年度,消費電力量リミッター http://www.ashida-design.com/data/limiterGEL-1_pamphlet_110214.pdf というアイディアを考え教材化していただいていた。あらかじめ設定した消費電力量に達した時に電源をカットする機能と,DCモーターなどの消費電力量をリアルタイムに表示できる。このBLOGでも以前その検証の様子を紹介している。http://gijyutu.blogspot.com/2010/08/blog-post.html この教材は既に市販され,購入可能だ。
先日学会でも公開したが,大学の先生方の反応はかなりいい。LEDと電球の比較もできるだろうなど,アイディアもいただいた。どう使うかは,現場の先生方次第,学校に1台あれば消費電力を意識された授業展開が可能になる。

これまでエネルギー変換といいながら,効率や損失については授業ではほとんど無視されてきた。原発事故が起こった今,消費電力量という単位を授業に導入する価値は高まっている。この課題を私達の総力をあげて乗り越えようと思う。技術教育が社会の期待に応えるのは今だ。

2011/08/09

乾繭の技術

かえってきたら,1匹ほどやっぱり羽化していました。しかも早々と力尽きていて彼の人生を思うと悲しい限りです。

繭を乾燥することを,乾繭(けんかん)というのだそうです。乾燥させることで,絹糸の品質を高めるという目的と,水分が減ることでカビが発生したり,害虫に食われるようなことを防ぐ目的もあります。そして,同時にこの乾繭で蚕を殺すことなります。

繭に穴があくと,一本の糸でできている繭からとれる糸が極端に短くなり商品としては使い物にならなくなるのだそうです。いろいろ調べてみましたが,1日冷蔵庫に入れて成長を止めてから乾繭するというのが本当のやり方にようです。養蚕業では,この部分については,農家の担当ではありません。乾繭工場に繭を出荷するところまでが農家の仕事のようです。

繭をつくって10日ほどで羽化しますから,この連携は時間との勝負ですね。という私も家族旅行なんかにいっている場合ではなかったのかもしれません。

そこで,今日から乾繭の方法を変えることにしまいた。参考にしたのはこの豊田市近代の産業とくらし発見館の公式ブログです。

いままでは,蚕さんについてきたB4×2枚ほどの解説書に従ってきたわけですが,このままでは次々に蚕さんたちが羽化していまいそう・・・そして今日はガンガンに晴れて日差しも強い!

参考にしたページによると,車の車内フロントガラスの直射日光の当たるところに置いて乾繭するとのことなので,私はこうしてみました。吉と出るか,凶と出るかはわかりませんが,金属製のお菓子の箱に繭を入れて,上からラップをするという仕掛けです。金属なので,直射日光にあてるとガンガンに熱くなります。しかもラップがあるのでその場の空気も車の中以上に一気に上昇するはずです。やってみたら1時間ほどでラップが白く曇りました。蛹の水分が蒸発してラップの内側に細かい水滴になってついたことになります。ということはこの空気を逃してあげないといけないということになります。ラップに早速穴をあけ空気を通すために端をちょっとだけまくっておきました。これでうまくいくかな。

解説書にはない方法ですが,まだまだ試行錯誤中です。蚕の飼育については,詳しいページが数多くあり,とても参考になります。

2011/08/07

夏休みの家族旅行中


奥日光湯元温泉にきています。猛烈な雷雨でたどり着くか心配でしたが,温泉にも入れてやれやれです。明日,湯の湖一周のハイキングに出かけようと思います。晴れる予報ですが,足下がちょっと心配です。湯の湖一周1時間です。未学齢児が2人いるので,ゆっくり朝食前にハイキングの予定です。

蚕さん達は,あのペットボトルに入れたまま,ベランダに置いてきました。どうなっていることやら・・・。日差しが十分でなく温度が上がらないのではと思えます。雨が入り込んで乾燥どころではないかもしれません。もしかしたら羽化してしまっているかも・・・。

2011/08/06

31個の繭がとれました


31個の繭がとれました。まぶしから地道に取り外すのは結構な労働かもしれません。繭をつくる直前に蚕さんたちがしていった糞は,いつもの糞ではなくて,色が白っぽいものです。乾燥していてあまり汚いという印象ではないのですが,その糞を取ってあげて白い繭の部分だけを切り取りました。

繭をとった後のまぶしはなんとも寂しい限り,足場になっていた糸がなんともいえない悲しさを漂わせます。

しかし,まぶしの善し悪しが繭の善し悪しに影響するというのはよく分かりました。一定品質の繭を生産しようとおもったら,この部分の工夫は欠かせませんね。回転まぶしや,稲わらで作ったまぶしなど全国各地には,様々な工夫があることもWebを検索していてわかりました。次回はまぶしの改善に取り組みたいと思います。

同時期に一斉に繭をつくるように飼育するのも必要な技術だと思います。この後糸をいかにして取るかを考えていかねばならないのですが,この部分にもかなりの技術がありそうです。


今回とれた31個の繭ですが,この後乾燥させます。

そう,蚕さん達には,乾燥という名の死が待っています。生物を飼育するということは,いつかこういうことが待っているということです。彼らの命を無駄にせず,使い切ることが蚕さん達への礼儀だと思うことにします。

31個の繭の重さは,約80gでした。一ヶ月飼育しても80gなんだと思うと同時に,繭の重さには当然蛹の重さも入っていますから,絹糸や絹織物をつくるために,どれだけ手間暇がかかっているのかを実感できます。

とりあえず,解説書に書いてあった乾燥の方法を試すことにします。
ネットに入れて,ペットボトルにつるし上から黒いビニールをかぶせ直射日光に当たるところに3日間ほどおきます。内部の温度は,60度~80度になり,蛹が乾燥するということのようです。

繭の重さが,40%~50%にすることで,羽化を防止することになります。子孫を残すためには,羽化して交尾をしなければなりません。しかし,今回は全てを乾燥させることにします。まだ私には世代をつなげるノウハウがありません。

今日から3日間,乾燥させた後,いかにして糸をとるか考えたいと思います。



繭の中には蛹が

かえってきたら,小さなからだの蚕さんだけが残り,1匹は糸をはく場所が適切でなく力尽きお亡くなりになっていました。残りは全て繭になったことになります。30個は越えたと思います。


まずは,6月26日~28日にかけて最初にできた繭からまぶしから取り出してみました。かなりがっちりとまぶしに足場用の糸で取り付けられているのではがすのが結構大変です。


そして,まぶしをとってみてビックリその裏に巨大な繭が・・・。これはまぶしのような適切な場所でなかったこととが原因かと思ったのですが,それだけではなかったようです。この1週間裏側をみていなかったのは失敗でした。


巨大な繭の中を見てみると,さなぎになりかけの蚕さんが2匹,そうなんです。2匹で繭をつくってしまったがために巨大に,しかしその巨大さゆえに繭は十分な堅さにならず,繭として機能しません。糸もとれないかもしれません。真綿としてなら使えるかな・・・。

2011/08/03

新幹線の車窓から


蚕さんたちは大丈夫だろうか・・・不安を感じつつも,まぶしを大きな段ボールの中に入れ空気が入るようにふたをしてきました。早く繭になった蚕さんは,この3日間で丁度10日になります。もしかするとかえったら羽化しているかもしれません。

すぐに繭を乾燥させる準備が必要ですね。しかし,この作業で蚕さん達はすべてお亡くなりになることになります。そのために飼われているのが蚕さんですから,仕方ないのですが,これだけ世話をするとこんな私でもちょっと感じるものがあります。繭大事につかいたいですね。

2011/08/02

28匹が繭をつくり,3匹は繭をつくろうとし,1匹は小さすぎて・・・


蚕さんたちは,4匹を残して全て繭になりました。明日から研究会で3日ほど留守にするのですが,もはや蚕さん達は餌を食べようとはしません。残り4匹もうまくまぶしの中で繭をつくってくれるのを祈るばかりです。

一匹だけ小さな蚕さんがいます。食も進まず,体は他の蚕さんの1/5にもみたないサイズです。彼は繭をつくれないかも,かなしいけど,それが現実かもしれません。